正直に申し上げると、医師を目指していたのです。浪人もしたのですが、医学部には合格できませんでした。ただ医療に携わりたいという思いがあり、鹿児島大学歯学部のパンフレットを見ると、歯科医師も口の中だけではなく、全身を診る職業なのだと気づき、医師でなくても医療に携われることを知って、歯学部を受験しました。
補綴科のゼミナールに入っていたので、そのまま補綴科の医局に入ろうかなと考えていたのですが、1つぐらいは見学に行ってみようと思い、部活動の先輩に新地ハロー歯科診療所を紹介していただきました。見学してみると雰囲気も良く、院長や勤務医の先生に聞きやすそうな環境でしたので、学んでいくうえで最適な診療所だと感じ、入職させていただきたいとお願いしました。
勤務させていただいていた新地ハロー歯科診療所では訪問診療も行っていました。私は少しお手伝いする程度だったのですが、外来診療とは圧倒的に違うということ、私も障害者歯科診療や訪問診療などの分野ができないといけないなということを痛感し、深く掘り下げていきたいと思っていました。そういうときに院長のルーツである大分県は訪問診療が手薄であると聞き、それなら大分で勝負してみようかと考え、開業を決断しました。
開業にあたっては訪問診療専門の歯科医院だというビジョンがありましたが、訪問診療をできる範囲は開業地から半径16km以内というルールがあります。そこで、大分市のほぼ全域がその範囲に入る位置で開業したいと思い、場所探しを始めました。場所が決まり、診療を始めてみると、訪問診療だけだとやはり苦労もありました。問い合わせはあるのですが、訪問診療の対象者になるかどうか、微妙な方々もいらっしゃいます。そういう方々については心苦しかったのですが、お断りしていました。しかし、そういった方々や色々な困りごとがある方のためにも外来診療をできるようにした方がさらに広くカバーできると考え、今の場所に移転しました。
こだわりとして、院内はバリアフリーにして、車椅子でも来院しやすいように工夫しました。どなたでも気兼ねなく、敷居が高く感じないようなデザインにしています。
患者さんの立場に立ち、可能な限り寄り添って治療を行うということが大前提です。訪問診療は患者さんと1対1だけではなく、患者さんに関わるご家族の方やサービス事業者の方、ケアマネージャーの方たちとの連携や繋がりが大事です。お一人お一人が自分の家族だと思い、家族と同じように接することを意識するようにしています。
徹底した予防と管理です。患者さんは症状がないと歯科医院にはなかなか足が向かないようですが、そうなる前の段階で予防していくこと、予防して現状維持していくことが大事ですので、患者さんにもその大切さをしっかりお伝えして、ご理解いただいています。
女性の歯科医師がいますので、女性ならではの視点からのアプローチができることに加え、小さなお子様から成人の方、もし通院が困難になられたら訪問診療に繋げられるという、患者さんの一生に関わっていける歯科医院だと思っています。外来に通っていらっしゃった方がご病気になり、ご自身では通えなくなられても、訪問診療でカバーすることができています。このようにシームレスに患者さんを診られるという点が強みです。また口腔外科の専門医もいますので、患者さんの状態にもよりますが、難抜歯や専門的な内容も処置することが可能です。
最初は訪問歯科診療の認知度の低さに苦労しました。訪問歯科診療の存在自体があまり知られておらず、「歯医者さんが家にきてくれるんですか」といった反応でした。医科の先生方の訪問診療は当時でも割と知られていたのですが、歯科診療に関しては珍しかったのか、患者さんもあまりイメージが湧きにくいようで、お問い合わせや予約が入るまでは少し時間がかかりました。
それから、やはりスタッフの確保ですね。転職にあたっては勇気もいりますし、訪問診療をしようという方がなかなかいないという難しさがありました。
最近は新型コロナウイルスです。開業されている先生方は皆さんが同じような思いをされたはずですが、得体のしれない未知のウイルスですし、このような感染状況は初めてのことなので、どのように対策していけばいいのか、スタッフが感染した際の対応はどうするのかなど、本当に大変でした。特に訪問歯科診療では施設への面会制限などもあり、一時期は訪問できないこともありました。
一般歯科と訪問診療に関することがほとんどですね。全顎治療を希望され、年単位でかかりそうな状態の方からの問い合わせもあると、「一緒に頑張りましょうね」と患者さんのモチベーションが下がらないような声がけをすることを心がけています。ホワイトニングや矯正診療の相談もたまにあります。ホワイトニングに関しては口腔内を綺麗に保つ意識の高まりになりますので、私からもお勧めしています。ただ矯正診療はしていないため、矯正診療を専門とされている歯科医院へ紹介するなど、連携して対応しています。
ホームページの内容を充実させること、リコール時期を見逃さないよう、お知らせを欠かないことを意識しています。
私の新人時代は「見て盗め」といった雰囲気でしたので、言葉の通りでしたが、今の時代はそういった教育は古くなりましたので、私は以下のように指導をしています。一つは「質問しやすい雰囲気を私たちが作ること」、もう一つは「色々なことを勉強したうえで、早めに実践してもらうこと」です。
やはり昔のように見て覚えろというのは難しい時代ですので、質問しやすい雰囲気づくりが大切です。また歯科医師は技術職ですので、早く手技を覚えてもらうためにも早めの実践をしてもらっています。そして実践してもらったことに対してのフィードバックを毎日行っています。
私は毎日のように訪問診療に出ていますので、夕方に帰ってきたら、若手の歯科医師とその日の症例についての色々な話を1時間ほどするようにしています。若手には私の診療方針を押しつけないようにしていますね。歯科医師が10人いれば治療の計画や治療方針は10通りあるはずなので、まずは治療方針や計画について、なぜこのように考えたのかという理由や根拠を聞くようにしています。その正解を決めるのは私たちではなく、患者さんですので、聞かれたときにすぐに答えられて、それが歯科医学的に妥当なものであり、かつ患者さんの同意が得られていたら、それでいいのです。ときには「私ならこうするかも」と話すこともありますが、それを参考にするもよし、聞かないでもよしです(笑)。あくまでも若手の意見を尊重しています。もし何かあった場合も、私がすぐにフォローに入れるような体制を整えていますので、「失敗を恐れずに、安心してやっておいで」と背中を押しています。
スタッフが働きやすい環境づくりのために注力されていることはありますか。
以前はかなり遅くまで診療していたのですが、今は少し短縮して、スタッフも残業をしなくていいように、診療を手際よくできるよう気をつけています。リフレッシュも必要なので、有給休暇を気軽に取りやすいようにしています。メリハリをつけることで、スタッフも長く続けてくれています。
外来診療では保険診療がほとんどなので、自費治療を明確化し、独立した自費の分野に力を入れていきたいです。また折角、口腔外科の専門医がいますので、外科分野もさらに充実させていきたいと考えています。
訪問診療については管理栄養士さんとの連携を少しずつ始めています。私たちは「食べられるお口を作る」仕事をしていますが、実際にどういった食べ物が食べやすいのか、栄養素やカロリー、量はどれぐらいがいいのかなどは専門家の方でないと分かりません。そうしたことを管理栄養士さんにアドバイスしていただくことで、その後も患者さんを長くフォローできています。
私たち歯科医師は大学病院などに勤務する以外は開業という道を選ぶことがほとんどです。こういった不安定な時代に開業するのは勇気がいることですので、まずは知識や技術を身につけて、自信をつけましょう。開業のためにどれだけのものを身につけられるかということが大事です。色々な不安があるでしょうが、実力やスキルを高めるチャンスだと思って、飛び込んできてほしいです。
常に新しいものにアンテナを張っていないと取り残されてしまいますし、いざ開業するときに時代遅れな状態だとすぐに困ってしまいます。もちろん同じところで頑張り続けることも良いことなのですが、常に新しいものを取り入れるべく動くことが歯科医師には大切です。私どもでは様々な経験を積めますし、そういった上昇志向のある方々に合う内容を提供できますので、よろしければ是非、私どもで経験を積んでください(笑)。
休みの日は子どもの相手をしていることがほとんどですね。まだ幼い子どもが3人いまして、遊びに連れていくことは少し大変ですが、それも仕事とは別のリフレッシュできる癒しになっています。いずれ3人のうちの誰かが歯科医師になりたいと言ってくれたら、嬉しいです(笑)。